怪我治療で細マッチョ!全てはつながっている!〜手首治療編〜

怪我で泣いた中学校部活の集大成。

「この怪我さえなければな」
こう思わずにはいられませんでした。

中学校最後の大会、中体連。
それを控えた4ヶ月位前のことでした。

バドミントンを中学に入ってから知り、
3年間全力で取り組んできた。

土日だと、
部活の後だってみんなで市の体育館で練習した。

それくらいのめり込んでいた。
同学年は15人くらいいたけど、
幸い僕はシングルスのランキング戦で
3番目くらいに位置していた。
人より熱中具合が高くて、
ずっと練習していたからかもしれない。

ちなみに同じ学校内だと、
ほぼ全員が初心者からスタートだった。
2人くらい経験者いたかな。

 

対外試合はからっきしだったけど、
努力して、校内だけでも
高い順位をキープしてこのまま、
最後の大会に出て、
心地よく高校受験へ切り替えたい。

最後はやっぱり、
同じ中学スタートはじめで
共に頑張ってきた仲間と
ダブルスで出場したい。

でも、
手首が痛い。
力を入れれば痛い。
四六時中手首に違和感があり、
強い力を使えないことは
自分でもよく分かる。

中体連、まずいかも。。。
ひとまず病院いってみよう。

今回は、
僕が中学生時代に
怪我で泣いた過去を紹介します。

余談として、
「細マッチョと関係あるの?」
という疑問もあるかもしれませんね。

細マッチョに障害はつきもの。
肉体美と機能性を求める以上、
怪我ををしてしまうこともあるかもしれません。

また僕自身、
怪我をして大きく成長しました。
怪我って、いろんな治し方が
あるんだということも学べました。

今、僕がもう一度同じ怪我をしたとすると、
1ヶ月あれば治せると思います。

でも当時は3ヶ月、
いや受験が終わる2月までの1年弱は
怪我と付き合ってました。

そんなに長く続いた怪我をどう治したかと言うと、
アプローチを変えたんです。

初めて人間の身体って、
全身が密に連携しているんだな、と思いました。

 

因みに、当時13際の中学校から始めたバドミントンは、
大学2年生の20歳が終わるまで怪我ばかり。

怪我をするたびに、
出口の見えないトンネルの中で
もがくような気持ちでした。

学生時代は引退時期が決まっていて、
焦りが余計に募ります。

何度も怪我をし、
乗り越えた経験は私の現在の
「身体と向き合い健康美と機能美を求める」
というベースです。

怪我を治す過程も
細マッチョづくりや日常の変革へと通じています。

当時は辛くとも、
糧にならない経験はないのだな〜
とつくづく感じます。

当時怪我をしたから、

・スポーツ障害を予防できている。
・オフィス疲れを癒やす手法を知っている。
・自分の身体と相談する癖がついて無理しなくなった。

 

万事塞翁が馬です。

 

似たような怪我をした方に
対して少しでも参考にしていただける情報が
あれば嬉しい限りです。

僕はこの経験を今は失敗と思っていませんが、
一生後悔する経験ですね。

調子に乗って怪我が悪化した中2の冬

土日の部活練習後は
みんなでバドミントンにもう一度行くくらい、
バドミントンに熱中していました。

そんな僕でも、小学生時代は
スポーツをしていない文化系少年でした。

中学校での部活動紹介で衝撃を受けます。
「なんて格好いいんだ!」
と。

バドミントン部の先輩たちが
デモでスマッシュを打って的に当てる、
というチャレンジをしていました。

こんなに、速くて激しい、
迫力あるスポーツなんだ、
とめちゃめちゃ感動しました。

こうして衝撃を受けて入部した
バドミントン部では素振りから始まり、
徐々にシャトルをまともに打てるようになっていきました。

練習は楽しくて仕方ない。
部活以外でも仲のいい仲間で
バドミントンの練習に繰り出す日々。
熱中していました。

そんな中、中学2年生になる前後だったか、
右手首の腱鞘炎になってしまいます。

当時はフォームに我流なところが多く、
力みながらラケットを握っていたため、
利き腕の手首に痛みが出てしまいました。

最初はなんとか
ごまかしながらやっているうちに
1〜2ヶ月程度で痛みが消えてしまいました。

 

それから時は過ぎ中学校2年の冬、
腱鞘炎が再発しました。

「またか・・・。」
と、練習ではラケットを握るのを
控えめにしている中、
放課後仲間同士で話している際にやらかしました。

話の流れで、懸垂をしてしまいました。
思春期ってなんか強がりたいじゃないですか。
きっと、僕もカッコいいとこ見せたい!
と思ってしまったんでしょうね。

終わった瞬間右手首に激痛が走り、
練習ではラケットも簡単に触れないくらいの
痛みとなりました。

「前と違う、とてつもない痛み。
 やっちまった・・・。」

完全にアホでした。

それから手首が痛すぎて、病院に行くことを決意。
部活引退の中体連4〜5ヶ月前の話でした。

 

まずは医学。整形外科でしてもらったこと

「痛い!ラケット降ったら焼けるような痛みだ。」

両親に相談したところ、
腕のいい先生がいるとのことで
住んでいた市のスポーツ整形外科に行きました。

そこでの診察と結果は、今でも印象に残っています。

かなりの混雑の中、
診察の順番が回ってきました。

まずレントゲンを撮ります。
次に診察室にてレントゲンを元に先生から診断を受けます。

ここで受けた言葉が今でも信じられません。

「右手首の骨の並びが特殊だから、
 ラケット競技やりすぎて痛くなったのかもね。」

 痛みがつづくようだから、
 部活最後までやりたいなら、
 (痛み止めの)注射打ってやる?

 言えることは、
  少なくとも3ヶ月は手首を固定して、
 全く手首を動かさない状況で安静にしましょう」

中学生ながら絶望しかありませんでした。
「骨の形が変!?
  俺はこんなに大好きなバドミントンを
  やっては行けない身体で生まれてきたの??
 4~5ヶ月後に中体連なのに、
  3ヶ月も練習しちゃだめとか、どういうこと?
  ・・・そもそも3ヶ月でなおるのかな。」

色んな感情がうずまき巻いていました。
治る鍵が見つかるかも知れないと思っていった医者で、
まさかの生まれつきの骨の形、それと痛み止め
ですからね。

一応、
先生を信じて3ヶ月は
ラケットを持たずに練習することを
顧問の先生に伝えました。

復帰しても最後の大会まで
1〜2ヶ月しかラケットを持って練習できません。

中3最後の大会である中体連は、
今まで一緒に頑張ってきたペアと
ダブルスで出ようと思ってました。

ダブルス希望は多かったので、
校内選考を突破しなければなりません。

幸い、シングルスは余ってましたけどね。
ダブルスで夢破れたらシングルス、
という感じでした。

で、本来なら僕らはそれまでの順位的に
ダブルスで出れました。

僕が復帰できると言われた、
大会1ヶ月前は
既に大会の種目別に出場選手を
提出していなければ行けない状態です。

どの枠で出れるのかを決める、
校内選考を戦うことができません。

顧問の先生と僕とパートナーの3人で
話し合いました。

今だから言えますが、
僕たちに決めてほしいと。

僕はパートナーと話し合うことになりました。

結論は、
校内選考をしないのに、
自分たちがライバルを押しのけて
出るわけには行かない。

でした。

本当にごめん。
こんな時期に怪我しなければ・・・。

今でも申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

で、
結局怪我を治して
中体連に望めたのかというと、
そんな事はありませんでした。

やっぱり治らない。
復帰しても大会までの1ヶ月は毎晩、
怪我のケアをして就寝してましたね。

最後の大会が終わり、
部活から高校受験に
切り替えるのでした。

 

「神の手」との運命の出会い!

高校受験中は、殆どラケットを振りませんでした。
でも、手首は一向に完治しない。

日常生活は不自由ないんですが、
例えば筋トレしようと腕立ての構えをすると、
手首は痛む。

左手は普通なのに、
右手は拳を立ててましたね。

こんなんで、
一応受験終わるまで乗り切ります。

無事高校入学が決まり、
「部活でバドミントンしたい」
という気持ちになってました。

また、毎晩ケアして、
それでも痛くなって、
を繰り返すのかと諦め半分。

 

高校生になるまで数ヶ月というところでした。

 

母親が
「知り合いから良いカイロの先生を教えてもらったから行ってみない?」
と紹介を受けました。

これが、運命の出会いになるなんて・・・

話を聞いたときは最初、
「カイロ??ホッカイロならしってるけど」
て反応でした。
我ながらアホです笑

まあでも、
およそ1年前、
整骨院にいって、
「骨の形変かも。注射打つ?」
としか言われなかった絶望感を思い出しました。

なにか変わるかも知れない。
可能性に賭けてみよう。

早速行くことになりました。

 

全身の歪み・コリほぐしという衝撃


後日調べましたが、
「カイロ」とは、「カイロプラクティック」の略。
骨格の歪みとり、
筋肉の凝りを解消して
自身の回復機能を最大限発揮させ、
治癒させる方法です。


で、治療はどうだったかというと・・・。

これまで受けたことのない、
衝撃の治療が待っていました。



まず、
「痛い!!!」
首、背骨、腰など全身の骨を
先生の手によって矯正していきます。


歪み矯正ですね。


骨より痛かったのが
筋肉のコリほぐし!




ものすごい力で右手をマッサージしていました。
でも、この痛みが大切でした。
左手で同じところを同じ力でマッサージしても、
全く痛くなかったんです。



痛みがあるとは、
その筋肉が炎症を起こして固くなり、
血流が悪くなって自己治癒力を
引き出せていない状態のことでした。


僕は右手首の関節炎と整骨院で診断されました。

マッサージ箇所として、
手首の小指・薬指側の手首が
ものすごく痛かったのです。


患部を直接ほぐすわけではなく、、
患部から肘、肘から肩、
そして肩から肩甲骨、
肩甲骨から首や腰を施術してもらいました。


そしてその施術がほんっとうに痛い!!
激痛で冷や汗が出ました。



具体的にほぐした場所は下の画像の場所です。

1.肩〜肘
2.腕関節



でも右腕は痛くとも、左腕は痛くない。
基本的に健康であれば痛くないんです。


中学生ながら全身が悪くなっていた
ということに気付かされました。



1回20〜40分位の治療を
2〜3ヶ月続けました。


短期間での復活!


受験勉強直後からカイロに通い、
1年近く全く治らなかった手首の関節炎が
たったの2〜3ヶ月で完治しました。


おかげで、
無事高校では手首の怪我に
悩まされること無く部活を終えることが出来ました。



大学でも週に5日も練習して痛くない。
本当に完治してます。



高校〜大学でもかなり怪我しましたけど、
その度に、身体の構造から考えてくれる先生を選び、
無事完治させていました。


ぎっくり腰、捻挫、膝痛、どれも
身体のどこかに不調があるからなります。


例えば捻挫は癖になるとか言いますが、
しっかりしたアプローチで治さないから
癖になるんです。


保存療法なんて、
何も改善してくれません。


捻挫だって、
積もり積もった身体の歪みやコリが原因でなるのがほとんど。
その歪みや筋肉のハリを治すことができれば癖にはなりません。



「何事も因果があり、
 正しいアプローチを取れるかどうかが
 運命の分かれ道である」

これを身をもって体験することができました。



中学校では悔しさの残る部活動引退でしたが、
これが現在の私が健康や身体機能の健康に
フォーカスできているきっかけの事件です。



ここで気をつけてほしいのは、
整形外科の先生も、
カイロの先生も同じくらい
患者さんと向き合ってくれていたことです。


整形外科の先生にとっては
たまたま不得手な怪我だったのでしょう。




ただ、怪我で悩むあなたには
このように一つの手法でうまく行かなくても
決して気を落としてほしくないです。



若ければ若いほど、自然治癒力は高い。
それを引き出してくれる先生を見つけられるかどうか。
整形外科がだめならカイロや構造医学があるぞと。



こんなふうに、一つの方法にこだわると
損することって多いです。



僕の場合は、
医学部出たお医者さんが絶対と思っていれば、
カイロやその後出会った整骨院の先生には
出会っていません。



もしこの出会いがなければ、
大学までバドミントンをやりきることは
出来なかったでしょう。
社会人になってまで
ずっと出来なかったと思います。



手首に、腰に、
足首に、膝に。


全身ボロボロだったと思います。



ということで、
視野は常に広く持つほうが得
という話でした。







最新情報をチェックしよう!