「本能に逆らう」で細マッチョ!~Let’s Fight against the instinct!~

「怠ける」は本能!

人々が行動を変えるには大きなエネルギーが必要です。例えば筋トレを生活に組み込む時。
朝行くか?夜行くか?も異なりますが毎日出勤して働いて、たまに同僚と一杯のあと帰宅。
飲まなかったらそのまま帰宅して家族と過ごすなりYoutubeでお気に入りの動画を観るなりして1日が終わる。
こんな安定した生活に対して今すぐ何かを変える必要があるでしょうか?
答えはNOです。毎日を生きるのに何一つ不自由していないですね。
それに対して、このような生活を続けた先に何が起こるでしょう?
おそらく運動不足で徐々に身体のキレがなくなり、中年以降に差が出てくる。
気づくとお腹が出ていて疲れもなんとなくとれづらい。
あなたは十年後や二十年後、こうなりたいですか?
大半の人がNOということでしょう。
では何故、将来を見据えて今動き出せないのでしょうか?
それは本能が関係していると考えています。

私達のルーツとは?

私たちの先祖は狩猟採集時代が圧倒的に長く、稲作が始まってからはほんの僅かな期間しか経っていません。少なくとも旧石器時代は250万年前から始まっており、私達ホモサピエンスが誕生したのは約10万年前、それに対して稲作が始まったのは1万年前と言われています。
この圧倒的歴史の差から、私達は皆狩猟民族であるということが言えるでしょう。

私達の先祖は常に空腹と戦っていた!

旧石器時代といえば、その日その日の食べ物を探すので精一杯。食料を求めて常に動き回っていなければなりません。そのおかげで人々は必然的に身体を動かし、食料を得てはいるもののお腹いっぱいに得られるのは稀で常に飢餓状態。そのため食料がたくさんある状態を目の前にして、できるだけ多く食べて脂肪として蓄える必要がありました。そして体を動かす理由は食べ物を求めて活動するためです。私自身も覚えがありますが、目の前にご飯がいっぱいあるとお腹いっぱい食べ続けて寝てしまうように、人間は目先の欲求に非常に弱いのです。
農耕社会になり現在に至るまで、米や小麦を栽培するために精一杯働きたくさん食べることができます。もっとも、つい最近まではヒエラルキーの高い層のみに限られていたかもしれません。
現在の日本のように食料が常に身の回りに途切れない状況というのは、人類の歴史で言えばつい最近の出来事なのです!

飢餓状態なら、「動かないこと」が正解!

狩猟採集時代とこの農耕時代とで現代の人々はどちらにより適応した身体になっているでしょう?
歴史の長さからそれは明白です。私達は飢餓状態こそが「普通」で、目先の欲求に従いできるだけその場にある食料を食べてできるだけ動かずに無駄なエネルギーを消費しないでいるよう本能にプログラムされています。
なぜなら次いつ食料がある環境を失うのかわからないからです。

つまり、痩せるために筋トレや有酸素運動をすることは生物的本能とは全く逆のことをしています。
また痩せるために目の前の食料を摂取せず、食べる量を抑えることも生物的本能とは全く逆です。

目の前の欲求に流されお腹いっぱい食事をしてダラダラする生活スタイルは、なんとも本能的ということです。

日常生活を変えないことは生存本能に従っている

生存本能を考慮すれば何故私達が新しい時代の到来や考え方につい批判的になってしまうのか、見えて来ると思います。
例えば、携帯電話に対する反応。
携帯電話が世の中に出始めたとき、ショルダーバッグ並の大きさがあり、「あんなもの広がらない」という批判が多くありました。しかし、数十年後の現在はどうでしょう?もはや持たない人の方が少ないくらいです。
また普及し始めたとき、携帯電話の電波が悪い影響を与えるという批判も出ました。
携帯電話を当てている耳の聴力が著しく低下する危険があり、その原因が携帯電話の電波である、という理論です。
これは騒音性難聴という観点を欠いた一方向からみた意見です。
騒音性難聴とは、大きな音を聞き続けることで聴覚細胞が死んでしまい聴力が下がってしまう難聴のことです。
電話を頻繁にしていると日常生活よりも圧倒的に大きな音を聞き続けることになりますよね?

生存本能はその日その日を生きながらえて子孫を繁栄させることにありますから、見知らぬ地に行くことや新しいことを始めるというのは「まだ知らない、危険かもしれない体験をする」ことになります。
理性で考えれば、携帯電話が普及して必要なときに家族同士や仲間同士がいつでも繋がれて幸せになる未来を想像することで新しいことを受け入れることが出来るでしょう。しかし「明日を生きながらえる」という視点だと「日常を変えない」ことが正解となるのです。

以上は私が読書を通して得た知見と意見です。いかがでしょうか?

私達が生き残るために身に着けた特殊能力とは?

太古の昔、ネアンデルタール人を始めとして馬とシマウマの関係のように人類にも複数の種別がありました。
しかし、現在では私たちのホモ・サピエンス・サピエンスしか生き残っていません。
生存を分けたのは何だったのでしょうか?
それは「未来を想像し、反省して次の行動を修正していく力」と言われています。
ということで、自分の行動を変えたいなら私たちの祖先が生き残った秘訣の、「想像し行動を修正」しましょう!想像するならどちらかというと「こうなりたくない!」の方が行動のきっかけになるかもしれません。
私の場合、早朝筋トレとフルマラソンを続ける動機は次のようになります。
・細マッチョキャラを失いたくない!
・バドミントンでライバルに負けたくない!
・健康を失いたくない!
・太りたくない!
・仕事や年齢を言い訳にしたくない!
・子供や孫に迷惑をかけたくない!
Etc.

もちろん、「こうなりたい!」もあります。
・カッコよくありたい!
・肉体年齢を維持したい!
・身体作りを通じてまだ見ぬ自分を見てみたい
Etc.

どちらも挙げればきりがないです。
しかし、想像したときに行動を変えるきっかけとなるのは「こうなりたくない」の方ではないでしょうか?

未来を想像して、理想の肉体と健康を手に入れよう!

未来を想像して行動を修正していく力、これは私達に与えられた特殊能力なのです!
これを使わない手はありません。
手に入れたい未来を想像してもいいですし、行動を変えなかった悪い未来を想像してもいいです。
つい怠けそうなときは、「お、今オレ(わたし)本能にしたがってるな!」と自分を俯瞰してみてください。
気持ちが楽になります。そしてなぜ本能に従う条件が揃っていたのかと捉え直してください。
但し100%行動を修正するのはかなりのストレスが掛かりますし、できない自分を攻めることになりかねません。
1ヶ月に一つというスローペースでもいいんです。
心的ストレスを最小限にして少しずつ行動を変えていきましょう!

千里の道も一歩からです!


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